1000日の心のつぶやき

【1000分の68日目】優しさの方向性が違うから、暮らしにルールを添えてみた

遊民
遊民
季節のフルーツをめぐって浮かび上がった、夫婦の優しさの違い。私たちは、暮らしに静かにルールを添えた。

ガーベラライン

今日もまた、夫との違いが浮き彫りになった。

発端は、元請けの会長から届いた「さくらんぼ」だった。

それを、少し早めのお中元だと思った私は、何を返そうかと夫にLINEを送った。

すると、「マンゴーを送ってほしい」と返ってきた。

でも、今の時期はまだ早い。

路地物が出る頃を見計らって何度も市場に足を運ぶのは、正直気が重い。

私は、これまで通りでいいのではと返した。

「例年通りなら、会長にはカタログギフトを、会社にはお菓子を送っていたよ。
マンゴーの時期を待って何度も通うのは負担だから、それでいい?」

すると、夫からは意外な返事が返ってきた。

「お中元?」

——え? お中元じゃなかったの?

「今、さくらんぼが旬だから送ってきたんだと思うよ」と、夫。

……出た。

私が苦手な、“旬の物を送り合う文化”。

そこに正面から反論しても、話はややこしくなるだけだ。

「ごめん、そういうの苦手だから、まったく思い至らなかった。
義妹は市場で働いてるし、入荷情報も早いはずだから、お願いしてもらえないかな。
領収書をもらえれば、私が支払いに行くから」

毎年この時期になると、私は少し戸惑っていた。

マンゴーを送るタイミングとお中元の時期が重なって、なんだか二重に贈り物をしているような気がして、ずっと腑に落ちないままだった。

数年前、一度だけ夫とカタログギフトを一緒に選びに行ったことがある。

だからてっきり、意図は伝わっていると思っていた。

でも、どうやら違ったらしい。

しばらくして、夫からこんなLINEが届いた。

「カタログギフト、送らなくていいです。お中元は会社にお菓子だけで」

ようやく、二重で送っていたことに夫自身も気づいたのかもしれない。

よくある話だ。

最初は慣例として始まったものが、いつの間にか個人の文化にすり替わってしまう。

夫は、私に何も言わず、現場で出会った何人もの人と、そういったやり取りを続けていたらしい。

中には、会社の経費で処理できそうな相手もいたのに、すべて自腹で。

——だからか。

どうりで、食べきれないほどの果物が毎年届くはずだ。

夜、夫から電話があった。

「沖縄にいた頃は、俺もその文化、よく分かってなかったから」と、ぽつり。

なるほど、きっと彼なりに思うところがあったのだろう。

でも、私は思ってしまう。

“旬のフルーツ”なんて、いつ食べごろか分からないし、まとめて届けばすぐに傷んでしまう。

誰かに配るのもひと仕事で、正直、その文化圏の中だけで完結してくれたらありがたい。

だから、今回、私たちはいくつかのルールを決めた。

  • 季節のフルーツを家に送るのはやめてほしい。親戚に贈るのは構わないけれど、その場合は自腹で。

  • お中元は、私に任せる。

  • 会社の経費で処理できそうな相手とのやり取りは、必ず報告し合うこと。

  • フルーツのお返しは義妹に依頼。情報も早く、支払いだけで済む。

  • 沖縄に帰省する際の手土産は、私は不要。取引先がないため経費にはならない。買いたいなら自腹で。

  • 赴任先へのお土産は、会社の経費で問題ない。

ここさえ守ってくれれば、私はもう何も言わない。

夫がどんなに交際範囲を広げようが、それは彼の個性だと思える。

ただ、放っておけばきっと夫は、

「従業員がたくさん買ってたから」とか「喜んでくれるから」と言って

これと言った理由もなく、どこまでも買い続けてしまう。

だから、自腹の線引きは必要なのだ。

夫は、優しい人だと思う。

でも、私だって、優しい人だ。

ただ、お互いの「優しさの方向」が違うだけ。

無理に合わせるのではなく、違うまま尊重し合えたらいいと思う。

ガーベラライン

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遊民
はじめまして、遊民です。 「死ぬまでにゆる~くやりたい100リスト」からスタートしたこのブログは、ある日夫が発した何気ない言葉をきっかけに、「1000日後に離婚する2人」へと進化しました。 夫婦関係を見つめ直しながら、自分自身を取り戻す過程を綴っています。 離婚も視野に入れつつ、できれば理解し合い、笑って人生を締めくくりたい――そんな想いで、日々の気づきや挑戦を記録中。 同じように悩む誰かのヒントや希望になれたら嬉しいです。