
深夜に帰宅した翌朝、目が覚めたのは昼前だった。
リビングには誰もいない。
窓の外を見ると、倉庫の前で夫が旧車の修理業者と何やら作業をしていた。
きっと、朝食はすでに済ませたのだろう。
私を起こさなかったということは、そういうことなのだと受け止め、静かにコーヒーを淹れる。
ふと目に入ったのは、家族が置いていったままの本棚だった。
胸の奥に引っかかっていた、あの夫の言葉――
「お前、怒るだろ〜」
そのせいか、私は自然と一冊の本に手を伸ばしていた。
タイトルは『脳が知っている怒らないコツ』。
怒るのは“性格”ではなく、“脳の習慣”の問題。
紙に書き出すことで、怒りは整理される。
ページをめくりながら、私は思う。
私は、感情が高ぶると泣いてしまうタイプだと思っていた。
でも、夫からすれば、それも「怒っているように見える」のかもしれない。
もし「意見」を「怒り」として受け取られてしまうのだとしたら、
もう、何も言えなくなってしまう。
女性は「言葉」に反応し、男性は「ルール違反」が許せない。
話せば分かる、は幻想。構造が違うことを知るのが第一歩。
私の主張は、ワガママだったのだろうか。
以前読んだ別の本には、「怒りは期待の裏返し」と書かれていた。
私はずっと、家族に期待しすぎないようにしてきたはずだったのに。
もやもやした思考を振り払うように、倉庫に目をやると、夫の姿はもうなかった。
あれ? お昼、どうするんだろう。
電話すると、
「業者の人と食べてくる」
という返事。
ならばと私は、冷やしそうめんを用意し、孫と二人、静かに昼食をとった。
その後、孫の友達が遊びに来たので、片付けを済ませて、また本の続きを読んだ。
「怒る」とは、キャパオーバー時の脳の悲鳴。
怒りの近くには「客観性」を司る脳番地がある。
怒りを「感情」ではなく「勘定」でとらえると、理性で制御できるようになる。
「勘定」という言葉にくすりと笑った。
なんだか、自分の得意分野で怒りを管理するようで、可笑しかった。
私は昔から、悩んでいるときほど本を読む。
そして、気づけばいつも、そのときの自分にぴったりの本を選んでいる。
無意識に選んだこの一冊が、今の自分に必要な“距離”を与えてくれたような気がした。
夕方、「遊びに行くね」と娘からLINEが届いた。
きりのいいところで読書を閉じ、夕食の支度を始める。
全員そろうことはなくなった我が家の食卓。
それでも今日は、いつもより少しだけにぎやかだった。
笑い声が混じる夜に、私はそっと、感謝した。

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