【1000分の35日目】トラブルメーカーが運んだご縁
ショートスリーパーの私は、もともとあまり眠らない。
でも、血圧が基準値を超えるようになってから、睡眠と血圧の関係を調べ、
医師に相談して、睡眠導入剤を処方してもらうようになった。
無理にでも眠る。
そうしないと、翌日がもたないことが、ようやくわかってきたからだ。
ただ、その薬を飲む時間によって、起きる時間が日によってバラバラになる。
今では、誰も朝の私に期待しなくなっている。
ゆっくりと起きた10時過ぎ、スマホを手に取ると、ToDoのリマインドが画面に浮かんでいた。
──あ、求人。
来月の月初から、新卒求人の受付が始まる。
ただでさえ応募が少ない業界。
少しでも早く動いて、夏休みあたりに体験入社を組まなければ。
毎年、期待値は低い。
でも、諦めてばかりでは何も始まらない。
ハローワークの画面をスクショし、
「今年の高卒求人、どうしますか?」と夫にLINEを送った。
しばらくして既読はついたが、返事はなかった。
──ん、乗り気じゃないのかもしれない。
返事が来るまでは、この件はそっとしておこう。
ふと、自動車保険の更新のことが頭をよぎる。
旧車もそろそろ届くはずだから、その段取りでバタついているのかもしれない。
孫と昼食を済ませたら、いつものルーティーンに戻る。
最近、またブログの予約投稿を始めたので、休みの日にはまとめて書き溜めておきたい。
まずは50投稿を目指して一気に。そこから毎日更新が理想的──
AIはそう言うけれど、SNSとの連携までは、今はまだ気が乗らない。
そうだ、夫とのなれそめの続きを書こう。
あれは、ある日のことだった。
突然、従妹から連絡が入った。
「地元に戻るから、しばらく居候させてくれない?」
──母子家庭だから、生活の面倒は見られない。
でも、泊めるだけならいいよ。
そう電話で返事した。
親戚の情報通である叔母によると、
「〇〇の家で迷惑をかけていられなくなって地元に戻ったけど、祖母に叱られて、遊民を頼ったんじゃない?」とのことだった。
4歳年下の従妹は、幼い頃に母親を亡くし、祖母の家で育った。
その祖母のもとにもいられないとなると──確かに、行き場がないのだろう。
生活に支障がない範囲であれば、それくらいは……
そう思って引き受けた。
いざ一緒に暮らしてみると、顔を合わせることはほとんどなかった。
定時退社の私と、居酒屋勤務の彼女。
私は彼女の寝姿を見ながら出勤し、彼女は私が寝ている間に帰ってくる。
そういえば、母子家庭になって数ヶ月が過ぎた頃、実家の両親から「何か必要なものはないか?」と連絡が来た。
私は「電話がほしい」とだけ答えた。
すると、電話線を引いてくれ、テレビまで買ってくれた。
たまに保育園から子どもを迎え、実家に泊めてくれることもあり、
私は土日のどちらかに勤務を入れて、社員登用を目指すようになった。
甘えるところには甘えていい。そう思えるようになったのも、この頃だった。
ある日、子どもたちが実家に泊まっている日にアパートに戻ると、
2階のベランダの電気がついていた。
誰か来ているのかな、と思っていると、上から声が飛んできた。
「遊民姐〜!」
──従妹の声だった。
「呑んでるから来て〜!」
子どもたちもいない夜だし、私も特に予定はなかった。
風呂を済ませて、2階に上がる。
当時の私は、けっこうお酒が強かった。
「初めましてじゃないけど、初めまして」
そう言って乾杯し、三人で他愛のない話をした。
二人はすでに出来上がっていた。
私はお腹がすいていたこともあり、
「何かつまみを作ってくるね」と言って、一階の自室へ降りた。
(あの二人、もしかしていい感じ?)
そんなことを思いながら、冷蔵庫の中から食材を取り出し、三品ほど作って持っていった。
おにぎりも一緒に出すと、彼と従妹は「おいしい」と言いながら、私の分まで食べてしまいそうな勢いで手を伸ばしていた。
会話もどんどん弾み、気づけば時計は12時近く。
「明日も仕事だから」と、私は二人を残して自室へ戻った。
この夜を境に、彼の存在が少しだけ近くなった。
まだ“気になる誰か”というほどではなかったけれど、
“ただの上の階の住人”とも、もう言いきれない気がしていた。
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