1000日後に離婚する2人

【1000分の36日目】親切な男と家族の残像

【1000分の36日目】親切な男と家族の残像


私が自室に戻って、30分もしないうちに従妹が帰ってきた。

「もう、帰ってきたの?」と声をかけると、
「うん」とだけ言って、誰かに電話をかけ始めた。

内容はよく聞き取れなかったけれど、「行く〜」という、少しテンション高めの声が聞こえてきた。

「ちょっと、出てくるね」と声をかけてきた従妹に、
「うん。カギはちゃんとかけて行ってね」と目をつむったまま見送る。

翌朝、徒歩通勤の私は、出勤時間より1時間ほど早めに家を出る。
昨夜のお酒が少し残る体には、早起きがきつい。

そろそろ何らかの移動手段を考えないと……。
そう思いながら歩いていると、

「行ってらっしゃい」と、頭上から声がした。──彼だ。

「昨日は、ありがとうございました。楽しかったです。行ってきます」
そう返す声が、いつもより少し近くに感じた。

今日は、子どもたちが実家から帰ってくる。
定時で仕事を終えたら、両親と合流して外食し、そのまま帰宅する予定だ。

夕食時、「ねえママ、じーじがね〜」と嬉しそうに話す子どもたちを見て、
(ちゃんと“じーじ”ができるんだな)としみじみ思う。

そういえば、私たちの子どもの頃も、遊び担当は父だったな……。
真面目に働きさえすれば、きっと“普通のお父さん”なのに──そう思うと、少し残念な気持ちもあった。

「いつも助かってる。ありがとう」
そう言って、もらったばかりの勤務表を渡す。

「この日とこの日は大丈夫」と父母に予定を入れてもらい、
それ以外の保育園の休みは、前夫の母にお願いすることにした。

女性の多い職場では、母子家庭の私は少しだけ優遇されていて、日曜出勤は少ない。
気にかけてくれる先輩も多く、私は支えられながら順調な毎日を送っていた。

次の日曜日は私の休日。
子どもを連れて、バスでどこかへ出かけよう。そう思っていた。

でも、車社会の沖縄で、車なしの子育てはやっぱり厳しい。
通帳とにらめっこしながら、計画を立て始める。

まず、原チャリの免許を取る。(いや、もう持ってる。高校の頃に取ったから、0円)
中古の原チャを買う。(これも、叔母さんが使ってないのをくれるって言ってた。0円)

保育園までの距離は近い。
でも、バイクを押しながら子どもと道路を歩くのは、危ない気がする。

──なら、どうする?

うん、乗せちゃえ。

子どもをステップに乗せて運転してみる。……あ、いける。
重いけど、バランスもなんとかとれる。

違法? 知ったこっちゃない。

高校時代、ちょっとだけ不良デビューしたときに学んだ。
沖縄の地方のおまわりさんは、案外やさしい。

とはいえ、いつまでもこんなことしてるわけにはいかない。
ちゃんと普通免許を取らなきゃな──そう思う。

原チャリ生活のおかげで、生活のクオリティは爆上がり。
数日だけど、ちょっと幸せだった。

明日は子どもたちとバスでお出かけしようと準備をしていると、
仕事が休みらしく家にいた従妹が、「どこか行くの?」と声をかけてきた。

事情を話すと、「ふう〜ん」と一言だけ言って、どこかに消える。

数分後、戻ってきた彼女が言った。

「遊民姐、〇〇さん(夫)が連れてってくれるって」

「え〜!!ほんと?従妹の彼氏サイコー!!」

と言うと、従妹が首を振る。

「彼氏じゃないよ。あんなおじさん。
てかさ、遊民姐のこと、あの人よく聞いてくるし……気になってるんじゃない?」

「ない、ない、ない。親切な人なだけでしょ〜」

私は笑って流した。
従妹の言葉なんて、気にも留めていなかった。

それより、子ども連れでバスに乗ったり、荷物を抱えたりしなくて済むことが、ただ嬉しかった。

──でも、今になって思う。
想像でしかないけれど。

あの頃の夫は、もしかしたら、
“自分が置いてきた家族の姿”を、私たちに重ねていたのかもしれない。


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ABOUT ME
遊民
はじめまして、遊民です。 「死ぬまでにゆる~くやりたい100リスト」からスタートしたこのブログは、ある日夫が発した何気ない言葉をきっかけに、「1000日後に離婚する2人」へと進化しました。 夫婦関係を見つめ直しながら、自分自身を取り戻す過程を綴っています。 離婚も視野に入れつつ、できれば理解し合い、笑って人生を締めくくりたい――そんな想いで、日々の気づきや挑戦を記録中。 同じように悩む誰かのヒントや希望になれたら嬉しいです。