【1000分の11日目】旧車と沖縄そばと「ありがとう」が自然に出た日
昨夜遅くに帰ってきたはずの夫は、二日酔いも見せず、朝から軽やかに動き回っていた。
朝食を用意しながら、昨日、娘が入籍したことを伝えると、 「そうか……ついにか……」と、ぽつりと言葉をこぼし、それきり黙って食べ始めた。
片づけをしていると、「昼から旧車を見に行くけど、行く?」と夫に声をかけられる。
やっぱりそうか。帰省の目的は旧車だった。
内心で苦笑いしながらも、今日は特に急ぎの仕事もなかったので、「いいよ」と頷いた。
リビングでは、大谷翔平の試合が流れている。
「外出ついでに、沖縄そばでも食べに行こうか」
夫がふとこぼした言葉に、私は少しだけうれしくなった。
「俺、自炊してると、作って片づけてってさ、結構時間取られるだろ。 なんかアホらしくなってな。やめた(笑)。お前、文句も言わず何十年も、よくやってたな〜って思うよ。感謝してるよ」
家の中では無口な夫が、車に乗ると急に饒舌になる。
もしかしたら、家という空間では私に気を遣っているのかもしれない。
「そういえばこの前、娘と孫と三人で、あなたの好きな沖縄そば屋に行ったの。久しぶりに食べたら美味しかったわ」
「だろ〜、沖縄そばはやっぱ〇〇だよな〜」 夫の声はどこか弾んでいて、私は思わず笑った。
思い返してみると、昔から夫はよく聞いてくれた。
「どこか行きたいところあるか?」「何、食べたい?」
私はいつも、遠慮したり曖昧に笑ったりしていたけれど、 今なら少し冷静に、その優しさを受け取れる気がする。
「私こそ、いつもありがとう」 自然と、その言葉が口をついて出た。
沖縄そば屋を出て、次に向かったのは修理工場。
「うちの家庭から600万円も取り上げた業者の顔を一度見てみたい」 そんな不純な動機もあって同行したが、
「〇〇さん。この車体の色、どうです?」
「おお、思ったより自然で、この色選んで正解だったな」
ボロボロだったエンジンルームは見違えるように整えられ、 タイヤやネジひとつを探すにも苦労したという話を、夫と業者が笑顔で交わしていた。
「車検も通ったので、試乗行きますか?」
夫は「まだ運転するのは怖い」と言って助手席へ。 私はツードアの後部座席に滑り込んだ。
シートは張り替えられておらず、ところどころに小さな穴が開いている。
駐車場からゆっくりバックし、公道へと出ると、
ブオーーーーーッ。
エンジン音が空気を切り裂くように響いた。
「どうです、この走り。最高でしょ?」
「はい、ギアも滑らかですね!」
あの瞬間、キラキラした目の“少年”が、二人そこにいた。
シートの固さや車内の古さ、正直言って、私からすれば「この金額で新車が買えたのに」と思う。
けれど、その場の空気と夫の表情に、 私はいつの間にか、自分の不純な動機をすっかり忘れていた。
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