【1000分の15日目】写真と寿司と、変わらない人のこと
朝食を終えた頃、息子がふらりとやってきた。
夫と一緒に、修理と車検を終えた旧車を見に行くのだという。
「昼、外で食べてくる」と言って、二人は出かけていった。
「一緒に行く?」と誘われたけれど、私は孫の昼食の支度があると断った。
昼食を済ませたあと、ここ数日できていなかった帳簿作業に取りかかる。
クラウド会計は通帳の同期ができるから、銀行に出向かずに済むのがありがたい。
一人事務所にとって、こうした“小さな時短”がどれほど助かるか。
同期されたデータを整理し、夫から預かった領収書を一枚ずつ入力していく。
少し手が空いたタイミングで、証券口座も覗いてみた。
トランプショックで一時下がっていた投資信託が、じわじわと値を戻している。
新NISAが始まって以降、旧NISAの何倍もの高値をつけた銘柄が急落したのは初めてで、私は“チャンス”と見て追加購入していた。
とはいえ、もうそろそろ“出口戦略”を真剣に考える時期でもある。
ついでに、夫の証券口座もチェックしてみた。 口座開設のときはあれほど渋っていたのに、旧NISA分はきちんとプラスが出ていた。
問題はここからだ。
売却して現金化するのか、国債などの安定資産に移すのか。
どう説明すれば、夫が納得して動いてくれるかを思案していたそのとき、電話が鳴った。
息子からだった。
「お父さんと旧車の写真、撮ったよ!あとでLINEのアイコンにしてあげてね。
車、めっちゃかっこよかったよ!」
はしゃいだ声と一緒に、家族グループに数枚の写真が送られてきた。
まったくもう。ほんとに世話の焼ける人たちだ。
その日の夕方、夫はご機嫌で帰宅し、 「夕飯、寿司でも食べに行くか!」と笑った。
アプリで予約を済ませる。
もちろん“寿司”といっても、我が家にとっては回転寿司のこと。
夫は、お高い寿司屋に行くタイプではない。
LINEのアイコンを設定してあげると、ちゃんと表示されたかを確認しながら、夫はさらに上機嫌になった。
予約時間に合わせて店へ向かうと、案の定、店内は混んでいた。
受付機でチェックインし、待合室で順番を待つ。
私たちのあとに、年配の夫婦がやってきた。
しばらくして30分が過ぎたころ。
男性がそわそわし始め、受付票を店員に渡すと、そのまま出口へ向かって歩き出した。
妻と思われる女性は、少し戸惑った様子で席を立ち、夫のあとを追うように店を出ていった。
あの雰囲気。あの空気。――うちにも、あった。
だからこそ、あの日、焼肉屋で「1時間待ち」と言われたとき、 「じゃあ家で待とうか」と静かに言った夫に、私は少し驚いたのだ。
もしかしたら今日のような光景を思い出していたのかもしれない。
「俺は、あんなふうにはもうならない」と思ったのかもしれない。
……いや、きっと何も考えていないだけだ。
そう思ったら、ちょっとだけ、やりきれない夜になった。
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